〜「出合」〜

瀬戸塾師範 瀬戸謙介

 出合とは、相手が動いた瞬間に相手の懐に飛び込み極める事を言います。相手の動きにも、物理的な動きと精神的な動きとがあります。物理的な動きとは相手の体の動きを目で捕らえてから攻撃することです。精神的な動きとは相手の心の動き、気の動きを気で捕らえて攻撃する事です。
相手の体の動きを捕らえて攻撃する出合は「後の先」であり、気の動きを捕らえて攻撃するのが「先々の先」です。相手の気の動きを捕らえ、動こうとした所を押さえ動きを封じることから、‘枕を押さえる’とか‘起こりを押さえる’と言われています。(前回「三つの先」を参照)
 「先々の先」は突きの「つ」蹴りの「け」飛ぶの「と」その気の動きを感じた瞬間にはすでに相手の懐に入り起こりを押さえ動けなくすることです。気の動きを捕らえた瞬間には既に相手の懐に入っていなければいけません。起こりを捕らえられ、その瞬間を押さえられては、技を繰り出すことも退くことも出来ず、一瞬立ちすくんだ格好となります。これは「後の先」の出合を取るタイミングよりも速く相手の懐に入って行かなくてはいけません。「後の先」の出合の場合には相手が動き出した所を捕らえ打ち込んでいくのですが、「先々の先」の起こりを捕らえるというのは、相手が動く前、つまり出鼻をくじくのではなく、出鼻を押さえるという事です。
武蔵は「枕をおさゆると言事」として次の用に記しています。
 「枕をおさゆるとは、かしらをあげさせずと言心也。兵法に敵のうつ所をとめ、つく所をおさえ、くむ所をもぎはなしなどする事也。枕をおさゆると云うは、我実の道を得て敵にかゝりあう時、敵何ごとにてもおもう気ざしを、敵のせぬ内に見知りて、敵のうつと云う「う」の字のかしらをおさえて、跡をさせざる心、是枕をおさゆる心也。たとえば、敵のかゝると云う「か」の字をおさえ、とぶと云う「と」の字のかしらをおさえ、きると云う「き」の字のかしらをおさゆる、みなもっておなじ心也。
 敵我にわざをなす事につけて、役にたゝざる事おば敵にまかせ、役に立つほどの事をばおさえて、敵にさせぬようにする所、兵法の専也。是も敵のする事を、おさゑんおさゑんとする心後手也。
 まず先、我は何事にても道にまかせてわざをなすうちに、敵のわざをせんとおもふかしらをおさえて、何事も役にたゝせず、敵をこなす所、是兵法の達者、鍛錬の故也。枕をおさゆる事、能々吟味有べき也」

(訳:枕を押さえるとは、頭を持ち上げさせないと言う意味です。兵法においては、敵の打とうとするところを止め、突こうとするところを押さえ、組み討ちに来ようとしたところを交わすなど、この様なことを「枕を押さえる」と言います。これは自分が本当の兵法の道を心得て敵と向かい合った時、敵が何かをしようとするかの気配を敵が行動を起こす前に察知し、敵の打ち掛かろうとするところの「う」の字の頭を押さえその先をさせなくすることです。たとえば、敵の掛かろうとする「か」の字を押さえ、飛ぼうとする「と」の字で押さえ、切ろうとする「き」の字の所で押さえる。これら全てが枕を押さえると言うことです。 
 敵が仕掛けてきた虚の技に関しては敵にしたいようにさせて置き、肝心な所はしっかりと押さえ敵にやらせないようにする事が兵法において大切な事です。是も敵のすることを押さえよう押さえようという気持ちでは後手に回ってしまいます。先ず、自分はどのような事があっても兵法の道に任せて技を出している内に、敵も技を出そうと思う頭を押さえ、何も出来なくし敵の動きを封じてしまうことこそ、真の兵法を心得た者です。是は鍛錬によってのみ身に付くものです。「枕を押さゆること」この事はよくよく研究すべき事です。)
 起こりを押さえるには、相手に一発や二発殴られても動じない気力、胆力を養うことが大切です。いくら良い技を持っていても胆が座っていなければたとえ起こりを捕らえる事が出来たとしても相手の懐に飛び込んでいくといった図太さが生まれません。ついつい余計な事を考えてしまい攻め込むタイミングを逃してしまいます。
 技を学び研究するには、繊細、機敏、熟慮といったことが大切ですが、いざ勝負に挑んだ時にはそんなものはさらりと忘れ去り、大胆と図太さが必要です。多少の出来事には動ぜず、相手を呑んでかかり、相手のペースを知らず知らずのうちに自分の方に引き込み相手に心の余裕を無くさせます。そして相手に無理な攻撃させるような心境にさす事が大切です。せっぱ詰まり、なにか技を出さなければ落ち着かないといった心のあせり焦りから繰り出す技は技に切れが無く、又突こうと思ってから技を出すまでの時間に間が有り、起こりを捕らえやすいといえます。
 起こりを捕らえるという事は、繰り返し繰り返し起こりを捕らえる練習を積み重ねる事により「勘」を養うこと。そして、相手の懐に入り込む恐怖心を克服し、胆を練り、心に余裕を持ち、気を集中させる事が大切です。
瀬戸塾新聞16号掲載記事

 

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