第五回 論語勉強会
〜「惟だ仁者のみ・・」〜
【原文】 子曰、惟仁者、能好人、能悪人 |
【書き下し文】 子(し)曰(いわ)く、 |
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【解説】 ただ仁者(人間に対して愛情を持っている者)だけが純粋に人を愛し、純粋に人を憎む事が出来る。 仁を心得ない人は、私利私欲にとらわれ公平な判断を失い、純粋に人を愛したり、純粋に人を憎む事が出来なくなってしまうのである。 善い事を善しとし、悪いことを悪いとする判断は、私心のない公平さを持っている仁者だからこそ可能であり、だからこそ人を愛する事も憎む事も出来るのである。 人を好むことはあっても悪むことがないのが仁者だと誤解されがちですが、決してそうではありません。仁者というのは最も真実の人ですから、仁者こそ間違いなく善悪の判断が出来、善い人を善いとし、悪い人を悪いと判断できます。 普通の人にはなかなか善悪の判断が難しいです。判断に迷って善悪を誤り、あるいは利害の念にひかれて、その善悪がわかっていても、好悪の使い分けが出来ないものです。その点、仁者だけは、一点の私心もないから、利害の為に判断の目が曇らず、愛すべきを愛し、憎むべきを憎んで意思を曲げず、進退賞罰がきわめて当を得ています。ですからただ仁者だけが良いものは良い、悪いものは悪いとはっきりと結論が出せるのです。 同じく論語の陽貨第十七に、 「君子も亦た悪(にく)むもの有るか。」という子貢の問いに対し、孔子は、 「人の悪(あく)を称(しょう)する者を悪(にく)む。(他人の悪口を言い立てる者、他人の失敗を喜ぶ者)下(しも)にいて上(かみ)を誹(そし)る者を悪(にく)む。(下位に居ながら上の人を憎む者、上司の陰口を叩(たた)く者)勇にして礼なき者を悪(にく)む。(勇ましいばかりで礼儀をわきまえない者、ただの乱暴を勇気とはき違えている者)果敢(かかん)にして窒(ふさ)がる者を悪む。(一本気で閉鎖的な性格、独断と決断を勘違いしている者)」と答えています。 |
瀬戸塾新聞23号掲載記事 |