第十九回 論語勉強会


瀬戸塾師範 瀬戸謙介

 
(原文)
         子曰、弟子入則孝、出則弟、
            謹而信、汎愛衆而親仁、
            行有余力、則以学文




(書き下し文)
    
   子曰わく、
   弟子
(ていし)入りては則ち孝、出(い)でては則ち弟(てい)
   謹
(つつ)しみて信あり、汎(ひろ)く衆を愛して仁に親しみ、
   行ないて余力
(よりょく)あらば、則ち以て文(ぶん)を学べ。
                    学而第六


  

 *弟子・・・年若き幼年者。弟や子のように師に従う者。
         師に従って教えを受ける門人、門弟。
 *入りては・・・家庭の中では
 *弟・・・兄または年長者に仕えて柔順な事「=孝悌・孝弟」
 *謹しむ・・・用心をする。過ちがないようにする。
        度を超さないように控え目にする。
 *信・・・欺かない事。言をたがえない事。
(訳)
 若い人は、家にあっては父母、年長者に感謝の意をもって孝行し、外では常に謙虚な気持で人には接し、行いは慎み深く信義を重んじ、分けへだてなく人々を愛し、仁徳のある君子に親しみ教えを受け、これらの事を忠実に行ってそしてその上余力が有れば、そこではじめて書物などを読み勉強しなさい。


 
  (解説)
 「余力が有れば勉強しなさい、そうでなければ勉強などしなくてもよろしい」と聞こえるかもしれませんが、決してそういう意味で言っているのでは有りません。
 親や年長者を大切に出来ない者、世の中に対して謙虚になれない者、行動に信用がおけない者、他人に対して優しい気持ちになれない者、人間として生きるには何が正しい道なのかを学ぼうとしない者。そのような者が、学問、知識、実力を身に付けると、かえって世の中に害を及ぼすと言っているのです。
 「思うて学ばざれば、則ち殆(あやう)し」というように、学問の大切さは論語の中の随所に書かれていますが、それ以上に孔子が最も大切にしたのは「仁(恕)」の心をもつことです。
 「仁」の心をもたない天才が学問だけに励んだらどのような結果を生むか、それは科学の世界を検証すればよく解ります。天才が生みだした発明品、これら全てが人類を幸せにした物ばかりとは言えません。人類を不幸にした最悪の物と言えば「原子爆弾」です。これは天才的科学者が生み出した物です。原子爆弾にかぎらず人類を不幸にした発明品は数限りなくあります。科学の世界だけでなく政治の世界でも同じです。レーニン、毛沢東、金正日などマルクス、共産主義国の独裁者による犠牲者は1億7000万人以上に及んでいます。今までに「仁」の心をもたない天才がいかに人類を不幸のどん底に落とし入れたことか。ですから孔子は学問も大切だが、それ以上に徳のある人間に成ることの大切さをここでは説いているのです。
 今の世の中、勉強さえ出来れば全て良しといった風潮が有ります。また、お金を沢山稼いだ人が勝ち組として尊敬の対象となっています。人間としての躾を怠り、世の中は学力、能力が全てだと考え、勉強ばかりして、学校の成績さえ良ければ後のことは親が全て面倒を見る。子供の教育のために身を粉にして働き、何事も子供本位、全てのことに先回りし、お節介を焼き、子供が傷つくことを恐れる。
 そのような育て方をされた子供は全てにおいて自分本位に物事を考え、親孝行という言葉さえ有ることも知りません。ましてや、世の中に対しても謙虚な気持どころか自己主張の固まりと化します。このような親子は、成績が伸びないと我が子の勉強不足は顧みず、先生の教え方が悪いと学校に怒鳴り込んでいったりします。
「謹しみて信あり、汎く衆を愛して仁に親しみ、」このような考えなどお呼びも着かない連中がエリート官僚になると、彼たちは自分の退職後の天下り先を確保する為に次から次へと公益法人を作り、仲間内では退職後の就職先を多く確保出来る者が能力の有る人間と評価されている。彼等は国民の事よりも自分の老後のことしか頭に有りません。
 彼等に言わせると「人として幸福を掴むためにまずやらなければならないこと、それは有名大学の卒業証明書を手に入れることである。人格完成を目指すなどは二の次だ・・・」なのかも知れません。
 世の中には、万巻の書を読んでいてもまったく世の中のことをわきまえていないという人間は沢山います。
 孔子(こうし)は「弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹しみて信あり、汎く衆を愛して仁に親しみ、」こういう心根を持てない者が、学問にいくら励んでもだめですよ。とおっしゃりたかったのだと思います。



瀬戸塾新聞第28号掲載記事

 

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