〜コラム 「自己責任」〜

瀬戸塾師範 瀬戸謙介

 勉強会の時に、「宗教にはそれぞれに開祖がおりその教えを忠実に守れば心の迷いが生じた時には神にすがる事が出来るが、武士道には開祖がいない。長年の日本民族の習慣の中から出来上がってきた道徳、其れが武士道です。武士道に於いては決断し行動し、あるいは行動しなかった結果の全ては自己責任です。」と言う内容を話したところ、「日本という社会はもともとお互いに助け合いながら生活してきたはずなのに、最近は自己責任ということがよく言われ、なんだかギスギスした社会になってきたような気がして、日本の本来持っていた良さが無くなってきたように思われる」という質問を受けました。
 私はその質問の意味がその時はよく理解出来ませんでした。
それから数日後、テレビで大阪の愛隣地区(旧、釜ヶ崎地区)の特集をやっていました。アナウンサーが「愛隣地区に居るほとんどの人が職に有り付けず、路上で寝泊まりしている。こういった彼等のことを世間は自己責任だと言うが・・・・」と言っているのを聞いた時に、彼が私に質問した意図が分かりました。自己責任という言葉を現在では、世の中で言うところの敗者たちに「今まで自分勝手な人生を歩んできた結果今の状態になったのだからそれは自己責任である」という風に使っているようです。何でもかんでも他人のせいにする風調が万延している世の中では自戒の意味を込めて自己責任を追及することも大切なのかも知れませんが、武士道で言うところの自己責任とは、人様が不幸になったことに対してそれは自己責任だからと追及する事ではなく。あくまでも自分自身に対して課すものです。自分の行動に対しての覚悟を意味するものです。自分が決断し、取った行動に対する結果を平然と受け入れる心の在り方を言っているのです。
ここで私が瀬戸塾杯でした挨拶を思い出して頂きたく思います。
 『武道と言われている空手の稽古を通して何を学ぶべきか。それは日頃の心の置き所、気構えなどを学ぶことです。武道としての空手を通して、人間としての生きる道を学んでいるのです。
 いかに「美しく」「気貴かく」「誇りを持って」生きるか、その為には日頃からどのような心掛けと行動を取るべきかを身に付ける為に励んでいるのです。そしてその方法を説いているのが武士道です。私は武士道こそが最高の道徳だと思っています。
 今日、この大会で皆さんに学んで欲しいことは、武士が戦いの場に置いて最高の美徳としている「敗者への共感」「劣者への同情」「弱者への愛情」この様な感覚、感情を、身をもって表現して欲しく思います。勝負に勝つには勝つだけの理由が有ります。日頃の努力の差、勝負への執念など様々な要因があります。しかし、勝者、敗者の差は紙一重、一つ間違えば逆の立場に立っていたかも知れません。ですから、勝ったからといっても浮かれることなく相手に対する思いやる心を持って欲しく思います。
 オリンピックの柔道選手のように叫びながらのガッツポーズや、コート内で飛び跳ねて勝った喜びを表現するなど武士道の精神からすれば最も見苦しい行為であり、以ての外です。「敗者への思いやり、共感」を感じているならば決してそのような行動は取れないはずです。皆さんは是非、今日の大会に於いて武士道の精神を態度で示して欲しく思います。』
 この挨拶文を読んで頂ければ理解して頂けることと思います。敗者に対し「傷口に塩を塗るような行為」は決して許される行為では無いのです。敗者、弱者に対して「思いやりの心」これこそが武士道の本質なのです。
  
 ここに、明治維新の前年にイギリスの日本公使館付き武官として来日した。フランシス・プリンクリンの言葉を紹介します。
 彼は、ある日偶然にも武士同士の果たし合いの場に出くわしました。お互いに刀を抜き合い激しく戦い、片方の武士が斬り殺されました。すると勝った方の武士は刀を鞘に納め、先ほどまで敵として激しく戦っていた相手に対し、横に脱いでいた自分の羽織を持って来て厳かに遺体を覆い、ひざまずき合掌する姿を見たとき、武士道の精神的な高貴さを知り感動を覚えた。そして彼はこの様に述べています。
 「来日した途端にヨーロッパの古い時代に似た風物に接し、まず驚きの眼を見張り、そして次に日本人の礼儀正しい姿に魅了された。敵に対してこれほどまでの美しき光景を見るのは初めてだった。そのことがあって私は衷心から日本人に対して愛着を感じました」(近代文学叢書、所収)
 プリンクリンは、日本人の礼儀正しさ、気品に満ちた姿を目の当たりにしすっかり日本贔屓となり、本国から再三の召還が有ったにもかかわらず、四十五年間もの間日本に住み続け、日本の良き理解者としての生涯を送りました。 
                                        以上
 
 
 
 

 

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