〜道場訓について〜

瀬戸塾師範 瀬戸謙介


練習の最後にいつも、何のために空手の練習に励んでいるのか、目的の確認と心を引き締める意味合いをもって、黙想し心を落ち着かせた後に道場訓を唱和しておりますが、ここでもう一度道場訓のもっている意味合いを吟味したいと思います。
道場訓
  一、人格の完成に努むる事
   一、誠の道を守る事
   一、努力の精神を養ふう事
   一、礼儀を重んずる事
   一、血気の勇を戒める事   の五条訓より成っておりなす。
さてこの五条の教えとはいったいどのような人間形成を目指しているのでしょうか。それは、まず第1に「正しい志しを持った人間」。正しい志しを持って社会のために貢献したいと言う気持ちを常に抱いている人間です。どんなに才能が有っても、どんなに能力、力量が有っても「正しい志し」を持たない人間は決して良い人間とは言えません。かえって才能が社会を害している例はいくらでも有ります。過去を振り返ってみても、独裁者と言われるすべての者は天才と言われ、すばらしい才能と能力を持った人物であることは間違いのない事実です。しかし多くの独裁者は権力に溺れ民衆を苦しめてきました。最近、新聞等をにぎわせている官僚達の数々の事件、彼らのほとんどは世間ではエリートと呼ばれている人達です。そういった意味では彼らは非常にすばらしい頭脳の持ち主で有り、能力も才能も持ち合わせた人達だと思いますが、残念ながら彼らの心の中には利権、出世、名誉欲等は持っていても「世の中を正しく導く」と言った「志し」が無いが為にかえってその才能が世の中を害し歪めていることは間違いのない事実だと思います。志しが有ってもその志が正しくなければかえって世の中を害し、混乱へと導きます。ですから、まず「正しい志し」を持つことが、人格の完成への第一歩だと言えます。
 しかし正しい志が有ればそれで良いかと言えばそれだけでは不十分です。そこには何が正しくて何が正しくないかといった善悪の判断ができる知性、思慮が必要です。例えば、道場訓の五番目に「血気の勇を戒める事」と有りますが、その勇気と言うものもその場その時によって何が勇気かが異なります。我慢する勇気も大切ですが、時には真正面から物事にぶつかって行く勇気も大切です。
同じ出来事でも、ある時にYESと言った方が正しい場合やNOと言った方が正しい場合も有ります。そう言った判断するにはやはり思慮がなければいけません。人格の完成を目指す人間としてはやはり2番目には「思慮」を持たなくてはいけないと思います。「正しい志し」と「思慮」を持ったとしてもそこには心の豊かさ、暖かさと言うものが無ければ人間味のある、判断、行動が伴いません。ですから3番目には豊かな情操を持つと言うことが大切な事だと思います。
 そして我々は社会の一員である以上、空手の修行を通じて学んだことを社会に還元する事が大切です。人間の生きる道、人それぞれの人生において「正しい志し」より生まれ、何人おも犯すことのできない真理、人生哲学と言うものを空手道は教えてくれます。社会に生きるとき、どんなに強い者がおろうともそれに屈しない心。強い者に対し、おべっかを使い、身の安全を考え、今日に至るなどは恥ずべきことだと言うことを教えてくれます。そう言った私欲を捨て、志しの為に生きる事を一番だと言うことを教えてくれるのが「空手道」だと思います。
 これは我がままに生きると言うことでは有りません、むしろ逆で、自我を捨て、真理に従う、そこに本当の人間としての自由と言うものが有るのです。自分勝手な欲望が満たされないからと言って自分は不幸だと考える人やつまらない見栄にこだわっていろいろ苦労している人もいます。こういった人達の苦しみよ不幸は、自分勝手な欲望を抱いたり、つまらない虚栄心が捨てきれないと言うところから起こっているのです。私欲や我がままなど、そう言ったものから自己を解放する事によって真理と言うものが見えてくるのです。自己を超越すると言うところに空手道の一番の根源が有ると思います。ですから、自我を捨てると言うことが4番目に大切なことだと思います。
 そして最後には、なんと言っても健康です。身体を動かし、血流を良くし、正気を体内に巡らし、邪気を発散し健康を保つ事が大切です。健康で無ければ、気が萎えてしまい「正しく立派な志し」が有ったとしても実行することが大変困難な事となります。 つまり
   「正しい志しを持ち」
   「豊かな情操を養い」
   「自我を捨て真理に従い」
   「健康である人間」
そう言った人間を空手道を通して我々は目指しているのです。理想的なことを描いてそれで良いと言うのではなく、そうなろうと努力する人間、死ぬまで人格の完成を目指してやまない人間、そういった人間を創っていきたいと言うのが空手の道なのです。 
瀬戸塾新聞6号(1996年12月)掲載

 

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