推薦図書

 
「自分をもっと深く掘れ!」
        
新渡戸稲造 著
        
三笠書房 知的生き方文庫










 
 この本は,「ひとりよがりの生き方をやめる」「誠実さは二つとない財産」「代役のきかない人になれ」「自分でとことん満足のいく人生を」など全12章からなっています。
 最近、メタボリックシンドロームが盛んにマスコミで取り上げられています。しばしば偉い学者が出てきて、改善する為の食生活や運動の重要性などを多くのデーターを並べ解説します。しかし彼の体型を見ると、顎の下には肉が付いて、お腹は出、本人がメタボリック症候群である事に疑い様が無い場合が殆どです。理論をいじくり回し、それを滔々と述べるのは簡単ですが、「言うは易し、行うは難し」なのです。
 本書の第6章「小さい自分を捨てて本道を行く」の中で新渡戸稲造はこのように言っています。「どんなささいな事でも実行しなければ決して問題は解決しない。」そして最後に「とかく学理学問を尊ぶ今日では、直接の実行を軽視する風潮がある。しかし世間の人にとっては、理論を理解するよりも実行のほうがかえって難しい所を見ると、実行は決して軽視すべきでないと思う。たとえば毎朝冷水浴するというような些細なことでも、これを実行する点に価値がある。冷水浴の理論や利害を述べるのは大したことでもないが、これを継続して実行する人が偉いのである。百の理論よりも一の実行が尊い。」と説いています。
 また、「自己さえしっかり持っていれば八方美人も悪くない」という項目の中では「八方美人も悪くない」と言われると多くの人は反発を感じると思います。しかし新渡戸氏は「事と場合によっては世論に反発しても、また誰一人として自分を容れる者がなくとも、独立独歩しなければならない事がある。しかし、平素は世と共に調和し進むよう心掛けなければならない。自分の信ずることに背くとしても、その程度が大したことでなければ、自分から譲歩する。」「この男は危険な性質をもっていると思っても、ことによっては手を握らねばならない。」しかし「自ら正義と信じることについては、不正義と信じる他の事柄と交換すべきではない」「正義を五分譲り、不正義を三分容れても、差し引き二分だけ正しい方向に進むと計算する者もいるが、いやしくも不正義であるとわかった事については、たとえ一分といえども容れるべきではない。」と正義を貫く大切さを説いています。
 どの章も具体的でとても分かり易く書かれており、人としての生き方の心得、気配りなど読めば読むほど納得させられます。
 新渡戸稲造といえば著書「武士道」で有名ですが、京都大学教授、一高校長などを歴任し教育者としても立派な人です。また、一九〇一年当時、台湾の統治は出費ばかりが重なり台湾放棄論さえ出ていた中、新渡戸は台湾総督府の技術任官(農学者)として赴任し、行き詰まった台湾の経済をサトウキビの品種改良や土地改良によって見事に立て直しました。一九二〇年には国際連盟事務次長に就任し国際舞台でも活躍しました。アインシュタイン、キュリー夫人、アンリ・ベルグソン(仏の有名な哲学者)などとも深い親交がありました。
 この本を読むと、新渡戸氏は第一級の国際人のみならず素晴らしい常識人であったことが理解できます。