推薦図書
武士の娘
杉本鉞子 著
ちくま文庫出版 (950円)
前回紹介した「逝きし世の面影」は幕末から明治にかけて一般庶民の生活振りが書かれた本ですが今回は一般庶民ではなく武士が日頃どのような心掛けで生活し子供達を躾ていたかがよく解ります。武士の躾と言っても子供に対しての接し方は決して冷たく厳しいものではありません、むしろ穏やかでとても優しく接していた様子がこの本からよく伝わってきます。
私は昭和21年生に満州で生まれ7年間を旧満州の地で過ごしました。戦後、日本の生活習慣はアメリカナイズされ急速に変化し、それに伴い人々の心も変化してきましたが、中国に残された我が家ではかえって日本人としての誇りを失わせないために中国共産党の中にいても日本人としての伝統的な教えのもとで育てられました。私は両親にほとんど怒られた憶えがありませんが、教えに背いたときには非常に悲しい表情をなさいました。悲しい表情を見た時にとても済まない気持ちになったことをよく覚えています。この本の中に出てくる筆者が受けた躾の一つ一つが、私が幼いとき両親から教えを受けた数々の事柄らと重なり合い、忘れていた私の心に蘇ってきてとても懐かしい思いで読みました。
大河ドラマや時代小説などでは武士の生活、言葉遣い、仕草などが出てきますが、そこには現代人にウケる為の演出が入っており真実とはほど遠いものになっています。
この「武士の娘」は小説として書かれたものではなく筆者が育ってきた環境を素直に綴ったものです。稲垣家の人々がどのような心掛けで生き抜いてきたのかが生き生きと綴られており、武士たる者のもつ価値観とは如何なるものかがよく解ります。文章の中に出てくる言葉遣いがとても穏やかで気品に満ちておりこの本を読んでいる時にすごく心が洗われ、救われる様な思いがしました。筆者の母の晩年、寿命が尽きようとするまで、母娘三世代が共に過ごす日々は思いやりと尊敬、優しくお互いに気遣う様子など、「これが本来日本人としての生き方ですよ」と語りかけてくれているようでした。
以上
瀬戸 謙介